Contents
- 1 渡名喜島のシマノーシとは
- 2 渡名喜島のシマノーシと甘酒の関係、そして謎の魚
- 3 渡名喜島のシマノーシの日程
- 4 2019年渡名喜島のシマノーシの記録(5月28日〜6月3日の7日間)
- 5 渡名喜島のシマノーシを終えて…(まとめ)
- 6 渡名喜島のシマノーシの情報
- 7 参考文献
渡名喜島のシマノーシとは
シマノーシとは、またの名を島直し祭祀(ミチュマールガナシー・シヌグ祭)とも言い、二年に1回執り行われる渡名喜島最大の祭りです。
この祭祀の歴史は、1713年に編纂された琉球国由来記に『島直し祭祀』として登場している300年以上の歴史ある伝統行事です。
どのような祭りな意味合いを持つ祭りなのか?神々の古層⑦来訪するギレーの神 シマノーシ[渡名喜島]から引用すると、
『海の彼方から渡名喜島の始源の神ギレミーチャンを、農耕時代の神々(ヌル・ウブチミチャン)が迎え、農耕時代の草分家(先駆者家)をまわり、シマを祓い清め、島に新しい力を充満させ、三年後の再訪を約し、ヌル・ウブチミチャンが再び海の彼方にギレミーチャンを送るという祭祀』
ヌルは司祭(ノロのこと)、ウブチミチャンは島の神、ギレミーチャンが海の彼方から来る来訪神です。渡名喜島という島に来訪してみるとより一層、その世界観を感じることができます。
祭祀の流れは、海の彼方のニライカナイ(理想郷)から神々をお迎えし、村内の4つの祭場(殿(ドゥン):クビリ殿・里殿・ニシバラ殿・ウェグニ殿)を1日ごとに周り、島民の安全と繁栄そして豊年などを祈願し、最後に海の彼方に見送るという様に進んでいきます。
渡名喜島のシマノーシと甘酒の関係、そして謎の魚
甘酒は基本、米の澱粉を麹の酵素で糖化する事でできる飲み物です。
そんな中、麹仕込みのアマガシと芋ミキがこの渡名喜島のシマノーシで神前にお供えされるという情報を発見。
では、そんなアマガシとミキとはどのような飲み物なのでしょうか?!
沖縄ぜんざいで有名なアマガシ
アマガシは、ヒラ麦や緑豆などに砂糖を加えて作る沖縄ぜんざいです。
砂糖が贅沢品であった昔は、麹の酵素によってヒラ麦や緑豆の澱粉を分解して甘さを得ていましたが、現在、本土では麹で仕込むことはなくなってしまったそうです。つまり、麹仕込みのアマガシは大変珍しものなのです!
これ、生まれも育ちも沖縄の友人に聞いてみましたが、アマガシに麹仕込みのものがあるのは初耳だったそう。
そんな麹仕込みの伝統的なアマガシ…これは見逃す訳にはいきません!
沖縄の御神酒としてメジャーなミキ
沖縄の御神酒としてよく登場するミキは、非常に古い昔は口噛みによって作られ、現在は米粉に砂糖を加えたもの、米を生芋の酵素で分解するものが多く、その発酵期間も短いものから長いものまで様々です。
麹仕込みのミキは中々少ないのですが、芋を麹で一夜発酵させた甘酒の様なミキが渡名喜島には存在していました!これまた見逃す訳にはいきません!
では、そんなアマガシと芋ミキがどの様な形でシマノーシに登場するのか?祭りの記録と共にその姿をご紹介致します。
謎の魚
シマノーシの全日程を通してアマガシや芋ミキ並みに異彩を放つ通称『魚』と言われるお供え物が出ます。
村のお母さんたちが祭りの準備をしながら、『この魚、何て名前だろう?』『えー、魚としか聞いたことがない…』『魚よ、魚…』なんて、会話が聞かれるほどにこのお供え物は『魚』という名前が浸透しています(笑)
魚の種類は聞きそびれましたが、魚を塩漬けにし揚げたもの、所謂、魚の竜田揚げですね♪
この魚、本当に至る所で大量に見られ、持ち運びも小分けもしやすいことから、お土産でよく貰うんです…もう、見る度に名前が気になって仕方がない!
はい、見つけましたよ、君の名を…(笑)
この魚の名前は、『ンチャアゴイ』と言うようです…
ふー、すっきり♪
渡名喜島のシマノーシの日程
このシマノーシというお祭りは非常に期間が長く、準備期間を含めると2週間、神迎えから神送りまでが5日間もあります。
・旧暦4月15日から…前準備
・旧暦4月25日…アマガシ仕込み
・旧暦4月26日…御願(タティフトゥキウガン)
・旧暦4月27日…神迎え(ウンチケー)とトゥン祭(クビリ殿)
・旧暦4月28日…トゥン祭(里殿)
・旧暦4月29日…トゥン祭(ニシバラ殿)
・旧暦4月30日…トゥン祭(ウェグニ殿)
・旧暦5月1日…神送り(ノイーガミ)
今回、アマガシ仕込みから見せていただきたく、旧暦4月25日にあたる5月28日から祭りに参加致しました!
2019年渡名喜島のシマノーシの記録(5月28日〜6月3日の7日間)
①5月28日(火):アマガシ仕込み
島に上陸した直後、アマガシという米、麦、麹、砂糖で作る伝統飲料の準備を拝見すべく、ノロ家(ノロ:宮司の様な役職)へと伺いました。
アマガシは、翌日に行われる「一昨年の願いを解き、新たな願いを結ぶ儀式(タティフトゥキウガン)」に用いられるもの。
昔は黒麹という泡盛を作る時に使う黒色の麹を用いていましたが、今は本土と同じ様な黄麹で作られています。
神人(かみんちゅ)の皆さんが麹や米などの材料を少しずつ持ち寄り、それを合わせてアマガシが作られます。昔はこの時に使う麹は手造りで作っていましたが、今は市販の麹が用いられています。
神人(かみんちゅ)とは、神様を体に宿し、島民との交流や祭祀の進行などの大切な役割を担っている神官のこと。基本的に女性が担いその役割は主に3つに分かれています。
※女性が担っているので神女(かんじゅな)とも言います。
①ノロ…祭事を取り仕切る司祭、現在は不在である為、ノロの補佐役であるサヌアンが取り仕切ります。
②ギレミーチャン…海の彼方から来た来訪神を宿す神人。サンキライの葉で作ったンチャブイという草冠を冠る。
③ウブチミチャン…島の神(根神)を宿す神人。
30~40年前は10人前後の神人さんが居ましたが、現在は5人、司祭であるノロは不在でした。
②5月29日(水):一昨年の願いを解き、新たな願いを結ぶ儀式(タティフトゥキウガン)
2日目、渡名喜島にある4つの祭場の中で一番重要な里殿(サトドゥン)で、一昨年の願いを解き新たな願いを結ぶ儀式であるタティフトゥキウガンが執り行われました。
タティフトゥキウガンの意味は、タティ=願いを立てる、フトゥキ=願いを解き、ウガン=御願です。
その時にお供えしたのが、前日に仕込んだアマガシという米と麦の甘酒です。
このアマガシは、甘みが強く仄かにライチ系の香りがあるものの綺麗な味わいで美味しかったです。糖度は25.8%。
③5月30日(木):神迎え(ウンチケー)とトゥン祭1日目のクビリ殿の祭祀
一昨年の願いを解き、新たな願いを祈った翌日。遂に海の彼方から神様をお迎えし、この日から各殿で4日に渡るトゥン祭が始まります。
※写真に写っている作物は渡名喜島名産のモチキビです♪僕が来訪した際は、ちょうど収穫時期で乾燥・精白などが間に合っておらず入手できませんでした…残念…
すっきりとした青空、都会と違い、正面を向いているだけで自然と青空と雲が目に飛び込む世界。
③-1.神迎え(ウンチケー)の儀式
海の彼方のニライカナイから神様をお招きする儀式。村の外れ、畑が広がる平地の一画に、アーカルという神迎えの儀式を執り行う場所があります。
ここで神様をお迎えしたら、トゥイケーという神人さんがクビリ殿の方々から芋ミキを頂く儀式を行います。これが終わると一向はクビリ殿という祭場に向かいます。
③-2.クビリ殿にてトゥン祭
トゥン祭の最初はクビリ殿にて行われます。ここでも1番ミキ、2番ミキという2種類の芋ミキが出されます。
・1番ミキ(アルミ鍋)…材料は芋、麹
・2番ミキ(別名:アマガシ)…材料は芋、麹、ヒラ麦、砂糖
1番ミキは麹による糖化作用によって出来た甘さが優しく仄かな酸味があり、スッキリとした飲みやすいサツマイモの甘酒でした。糖度は23.0%。
2番ミキは別名をアマガシとも言い、ヒラ麦と砂糖も加わっている為、甘さは強いです!平ムギのモチっとつるんとした食感がなんとも旨いです。糖度は30.4%。
このミキは1番、2番の順で飲まなければいけないと言われました。
③-3.里殿のアシビナーという場所で、ユレーヌユバル(礼拝と踊り)の奉納
日々のトゥン祭の最期、アシビナーという場所でユレーヌユバルという礼拝と踊りが奉納されます。
アシビナーは全部で2カ所、里殿の近くと、クビリ殿からアーカルに向かう途中にあります。
クビリ殿と里殿のトゥン祭の日は、里殿のアシビナーでこれらの神事が執り行われます。
歌は歌詞自体から方言でどの様な意味かわからなかったのですが、持参した文献に歌詞とその意味が載っていました。方言の歌なので歌詞の意味は一部わからないようですが、神を迎え、神と共に遊び、五穀豊穣と島民の繁栄を祈願するものの様です。
④5月31日(金):トゥン祭2日目のサトゥ殿の祭祀
④-1.里殿にてトゥン祭
トゥン祭の2日目は、この祭祀で中心的な役割を担う里殿にて執り行われました。
時折、雨が交じり、風が吹く曇り空…少し涼しい優しい気候。
ここでは芋と麹だけで作った芋ミキが一種類出されました。この芋ミキの味は、酸味は少なくフレッシュな芋の香りがあり、甘くて食べやすかったです。糖度は29.3%。
④-2.里殿のアシビナーという場所で、ユレーヌユバル(礼拝と踊り)の奉納
前日と同じく、里殿のトゥン祭の後に、近くのアシビナーにてユレーヌユバル(礼拝と踊り)が奉納されました。 流れは前日と全く同じ。
日差しが強く眩しいですが、景色は綺麗。
⑤6月1日(土):トゥン祭3日目のニシバラ殿の祭祀
⑤-1.ニシバラ殿にてトゥン祭
ニシバラ殿では、芋ミキは出ず、ブクブクという薄めのお粥が出されます。ブクブクは本当に普通の美味しいお粥です!
昔は芋ミキを出していたそうなのですが、ここでは米が採れる畑を持っていたことから、米で作ったお粥が供えられる様になったそうです。
このトゥン祭から、終わりの際にアーラシトゥーイという晴れを祈願する儀式が行われます。
⑤-2.ヘーバラガニクのアシビナーという場所で、ユレーヌユバル(礼拝と踊り)の奉納
この日から里殿のアシビナーではなく、クビリ殿から割と近い海近くのヘーバラガニク(海岸近くの原っぱ)のアシビナーにて、ユレーヌユバル(礼拝と踊り)が奉納されました。
⑥6月2日(日):トゥン祭4日目のウェグニ殿の祭祀
⑥-1.ウェグニ殿にてトゥン祭
トゥン祭最期の場所、ウェグニ殿。この日まで来るとアマガシ仕込みから今までの事が走馬燈の様に頭を駆け巡ります。
ここでは芋と麹だけで作った芋ミキが一種類出されました。この芋ミキの味は香りが少しふわんした栗きんとんの様な仄かな香りがあり、甘みは強くなくすっきりとしており、口当たりは柔らかく滑らかでした。糖度は23.0%。
このトゥン祭の少し前に、琉球王家任命された初代ノロが住んだ家である吉元屋にて祈願を行いました。ここでも芋と麹で作った芋ミキが登場!
⑥-2.ヘーバラガニクのアシビナーという場所で、ユレーヌユバル(礼拝と踊り)の奉納
最期の日のユレーヌユバル(礼拝と踊り)も他と何ら変わりなく、 前日と同じく、ヘーバラガニク(海岸近くの原っぱ)のアシビナーにて奉納されました。
⑦6月3日(月):神送り(ノーイガミ)の儀式
最後の日、5月30日にお迎えし、4つの殿を巡って島民と交流をした神々は、満潮時の太陽が昇る早朝に海の彼方へ帰って行きます。
そんな神々を見送る大切な儀式が、ノイーガミ(神送り)という儀式。
まだ、空が漆黒の闇に包まれている5時前に里殿に向かって歩き出します。
里殿に向かう山の中腹で、神人さんは、クビリ殿の方々から御神酒(泡盛)を頂くトゥイケーの儀式を行います。
それから神人さんは2手に分かれ、里殿での儀式、ターチイシとナナマーイ石での儀式を行い、それを終えるとターチイシの所で合流して山を下ります。
下山の際、南東の海へ向かって手を振りながら歌(ウムイ)を歌い、神様を見送りました。
時間にして1時間も掛からなかったのですが、その間に空はどんどん明るくなり、最後には曇りではあるけれど隙間から青とオレンジの交じった空が望めた。曇りだけれど景色は綺麗なのが、やはりこの土地の魅力なのだと思う。
はるか遠くの海のさらに遠くまで世界が遮られずに続いている世界…
この後、滝のような豪雨に見舞われながらも、島を後にする際は、信じられないほどの青空と綺麗な海を拝むことができました。正直、帰りたくなくなるほど…後に惹かれる絶景…
渡名喜島のシマノーシを終えて…(まとめ)
5月28日から6月3日は本来、梅雨真っ盛り。しかし、連日、雨予報でありながらも曇りまたは快晴と嘘のように天候に恵まれました。勿論、雨も結構降りましたが、それは祭りの後に…
沖縄・奄美の各地には、日本本土とは異なる神話や信仰がありますが、本土と同じく海や島という人々の生活圏に根ざす産土神(海の神、島の神)、そして先祖を敬い奉る文化がありました。また、その土地で取れた穀物などを酒や甘酒などに加工して祭りの際に、飲む文化まで共通項が見られたことに、非常に興奮を覚えたシマノーシの日々でした。
最後に、相談に乗っていただいた役場の担当者様、無理なお願いに答えてくださいました神人の皆様、そして村の方々に感謝して、終えようと思います。
渡名喜島のシマノーシの情報
開催日:旧暦4月27日の神迎え(ウンチケー)から旧暦5月1日の神送り(ノイーガミ)まで、村の各祭場にて
住所:沖縄県島尻郡渡名喜村
渡名喜島へのアクセス:那覇市の泊港から久米商船のフェリーにて約1時間半渡航
参考サイト:渡名喜村役場・シマノーシ(島直し)
参考文献
・1983年(昭和58年):渡名喜村史下巻
・1986年(昭和61年):横浜国立大学人文紀要第1類哲学社会科学32.51〜67:旅神の祭祀-沖縄・渡名喜島のシマノーシ祭素描-
・1987年(昭和62年):沖縄の祭祀-事例と課題-渡名喜島「島直シ祭祀」
・1991年(平成3年):神々の古層⑦来訪するギレーの神 シマノーシ(渡名喜島)